Space With宇宙ビジネスを、いまデータで加速させる。

宇宙飛行士野口聡一とは?3度の宇宙飛行と記録・現在まで解説

宇宙探査・有人宇宙

この記事のポイント

宇宙飛行士の野口聡一はIHIの技術者から宇宙飛行士となり、スペースシャトル・ソユーズ・クルードラゴンで3度飛行した。日本人最長のISS滞在と2つのギネス世界記録を残し、2022年にJAXAを退職。現在は合同会社未来圏や大学で活動している。

宇宙飛行士野口聡一とは?3度の宇宙飛行と記録・現在まで解説

「宇宙飛行士の野口聡一がどんな経歴で、どんな記録を残したのか知りたい。今は何をしているのかも気になる」

こうした疑問に答えます。

本記事の内容

  • 野口聡一のプロフィールと経歴
  • 3度の宇宙飛行と打ち立てた記録
  • JAXA退職後の現在の活動

宇宙飛行士の野口聡一は、3種類の宇宙船を乗り継いで3度飛行し、日本人最長のISS滞在や2つのギネス世界記録を残した人物です。

本記事を読めば、宇宙飛行士としての歩みから現在の活動まで、その全体像がつかめます。挑戦を続ける生き方のヒントも見えてくるので、ぜひ最後まで読み進めてください。

宇宙飛行士 野口聡一のプロフィールと経歴

宇宙飛行士の野口聡一は、3度の宇宙飛行を経験した、宇宙飛行士について語る上で欠かせない日本を代表する人物です。民間企業の技術者から宇宙飛行士へと転じ、日本の有人宇宙開発を長く支えてきました。

もとは航空機エンジンの技術者であり、そこから宇宙という舞台へ挑戦した経歴を持ちます。ここでは基本プロフィール、宇宙飛行士になるまでの道のり、選抜後の歩みを整理します。

野口聡一の基本プロフィール

野口聡一は1965年4月15日に神奈川県横浜市で生まれ、茅ヶ崎市で育ちました。身長は180cmで、2020年には東京大学から博士(学術)の学位を取得しています。

学歴は神奈川県立茅ケ崎北陵高等学校を経て、東京大学工学部航空学科へと進みました。宇宙飛行士であると同時に、工学と学術の両面で専門性を積み重ねてきた研究者でもあります。

項目内容
生年月日1965年4月15日
出身地神奈川県横浜市生まれ、茅ヶ崎市育ち
学歴東京大学工学部航空学科卒業、同大学院修士課程修了
学位博士(学術)東京大学
宇宙飛行3回(STS-114、ソユーズ、クルードラゴン)

IHIの技術者から宇宙飛行士への道

野口聡一は1991年に東京大学大学院の修士課程を修了し、石川島播磨重工業(現在のIHI)へ入社しました。航空機のエンジンなどを扱う技術者として、社会人のキャリアをスタートさせています。

転機は1996年でした。NASDA(宇宙開発事業団、現在のJAXA)が募集した宇宙飛行士候補者に選抜され、同年6月にNASDAへ入社します。民間の技術者から宇宙飛行士への転身は、多くの人にとって挑戦の象徴として受け止められました。

宇宙飛行士に選ばれてからの歩み

宇宙飛行士候補となった野口聡一は、アメリカのNASAで宇宙飛行士養成コースを受講しました。訓練を修了し、正式に宇宙飛行士としての資格を得ています。

2001年にはスペースシャトルのSTS-114ミッションの搭乗員に任命されました。この任命が、後に続く3度の宇宙飛行の出発点となります。技術者としての知見と長い訓練の積み重ねが、宇宙での任務を支える土台になりました。

野口聡一の3度にわたる宇宙飛行

野口聡一は生涯で3度、宇宙へ向かいました。スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンという、異なる3種類の宇宙船を乗り継いだ点が大きな特徴です。

1度目は2005年、2度目は2009年から2010年、3度目は2020年から2021年です。それぞれの飛行の概要と、宇宙で果たした役割を見ていきます。

初飛行となったスペースシャトルのSTS-114

野口聡一の初飛行は、2005年7月に打ち上げられたスペースシャトル・ディスカバリー号のSTS-114ミッションです。宇宙飛行士になるにはどうすればよいかという夢を持つ多くの人にとって、このミッションは2003年のコロンビア号事故のあと、初めて実施された飛行として世界の注目を集めました。

野口聡一は3度の船外活動をリーダーとして担いました。軌道上でのシャトル耐熱タイルの補修検証や、国際宇宙ステーション(ISS)の機器の交換などを実施し、3回の船外活動の延べ時間は20時間5分に達しています。

日本人初のソユーズ搭乗となった長期滞在

2度目の飛行は、2009年12月から2010年6月にかけてのISS第22次と第23次の長期滞在です。このとき野口聡一は、日本人として初めてロシアのソユーズ宇宙船にフライトエンジニアとして搭乗しました。

ソユーズTMA-17でISSへ向かい、約5か月半にわたって宇宙で暮らしました。滞在中は「きぼう」日本実験棟のロボットアームの子アーム取付けや、各種の実験運用などに取り組んでいます。

民間宇宙船クルードラゴンでのCrew-1

3度目の飛行は、2020年11月から2021年5月にかけてのISS第64次と第65次の長期滞在です。アメリカのスペースXが開発した民間宇宙船クルードラゴンの運用初号機(Crew-1)に搭乗しました。

野口聡一は、アメリカ人以外で初めてクルードラゴンに搭乗した宇宙飛行士です。約半年にわたる滞在で船外活動にも臨み、民間主導の宇宙開発が本格化する時代を象徴する飛行となりました。

ミッション時期宇宙船
STS-1142005年スペースシャトル・ディスカバリー号
ISS第22次・第23次2009年〜2010年ソユーズTMA-17
ISS第64次・第65次2020年〜2021年クルードラゴン(Crew-1)

野口聡一が打ち立てた記録とギネス認定

野口聡一の3度の宇宙飛行は、数々の記録につながりました。長い宇宙滞在に加え、2つのギネス世界記録が特に広く知られています。

いずれも3種類の宇宙船を乗り継いだ、野口聡一ならではの飛行歴が生んだ記録です。ここでは滞在時間の記録と、2つのギネス世界記録を取り上げます。

日本人最長となるISS滞在時間

野口聡一のISSでの滞在時間は、合計で335日17時間56分に達しました。これは日本人宇宙飛行士として最長の記録であり、過酷な宇宙飛行士選抜試験を突破した後の長年の努力の結晶です。

宇宙空間での通算滞在時間は344日9時間34分にのぼり、日本人では2番目の長さになります。3度の長期にわたる飛行において、宇宙服を着ての活動なども通じて、有人宇宙開発に必要な多くのデータと経験を積み重ねました。近年では諏訪理宇宙飛行士なども長期滞在ミッションを予定していますが、野口聡一の記録は依然として輝いています。

15年ぶりの船外活動によるギネス世界記録

1つ目のギネス世界記録は、2つの船外活動における最も長いインターバルです。野口聡一は2005年8月3日にSTS-114で船外活動を行い、その後2021年3月5日にクルードラゴンでの滞在中に再び船外活動へ臨みました。

このあいだの間隔は15年214日に及びます。長いブランクを経て再び船外活動をやり遂げた実績が、世界記録として認定されました。

3種類の帰還方法を達成したギネス世界記録

2つ目のギネス世界記録は、3種類の異なる方法で地球へ帰還したことです。宇宙飛行士の女性や他の多くの飛行士がさまざまなミッションに挑む中で、野口聡一はスペースシャトルによる滑走路への着陸、ソユーズによる地上へのパラシュート降下、クルードラゴンによる海上への着水を経験しました。

この3つの帰還方法をすべて達成したのは、歴代の日本人の宇宙飛行士だけでなく、世界でも初めてのことでした。異なる世代の宇宙船を乗り継いだ経歴が、そのまま前例のない記録となっており、宇宙飛行士の年収など待遇面から見ても、こうした類まれなる実績は高く評価されています。

記録内容
ISS滞在時間335日17時間56分(日本人最長)
通算宇宙滞在時間344日9時間34分(日本人2番目)
ギネス世界記録船外活動の最長インターバル、3種類の帰還方法の達成

宇宙飛行士 野口聡一の現在の活動

宇宙飛行士としての任務を終えた後も、野口聡一は宇宙開発の第一線で活動を続けています。2026年時点では、研究や教育、情報発信など多方面で存在感を示しています。

活動の中心は、自ら立ち上げた事業と大学での研究です。ここでは退職の経緯、現在の主な活動、そして次世代への取り組みを紹介します。

JAXAを退職した理由

野口聡一は2022年6月1日付でJAXAを退職しました。1996年の入社から数えて26年にわたる宇宙飛行士としての活動に区切りをつけています。

退職の理由として挙げたのが、後進に道を譲るという思いです。3度目の飛行を終えた頃から、搭乗の機会を待つ後輩の宇宙飛行士へ席を譲りたいと考えるようになったといいます。老子の「功遂げ身退くは、天の道なり」という言葉を引きながら、その決断を語りました。

合同会社未来圏と大学での研究

退職後の野口聡一は、自ら合同会社未来圏を設立して事業を展開しています。宇宙で得た経験や知見を、社会へ広く還元する活動に取り組んでいます。

大学での研究も活動の柱です。東京大学先端科学技術研究センターの特任教授をはじめ、日本大学理工学部航空宇宙工学科の特任教授、立命館大学の学長特別補佐などを務めています。宇宙飛行士としての実体験を、研究と教育の場に生かしています。

立場所属
特任教授東京大学先端科学技術研究センター
特任教授日本大学理工学部航空宇宙工学科
学長特別補佐立命館大学
代表合同会社未来圏

メディア発信と次世代の育成

野口聡一は講演やメディア出演を通じて、宇宙の魅力を社会へ伝え続けています。日清食品ホールディングスのカップヌードルミュージアム名誉館長など、幅広い立場での発信も特徴です。

力を入れているのが、次世代を担う子どもたちの育成です。宇宙で培った視点や挑戦の経験を語り、若い世代が夢を持って挑む後押しをしています。民間人としての立場から、宇宙開発をさらに盛り上げようとしています。

まとめ:野口聡一は3度の宇宙飛行で日本の有人宇宙開発を牽引した宇宙飛行士

本記事では、宇宙飛行士の野口聡一について、プロフィールや経歴、3度の宇宙飛行と記録、現在の活動まで解説してきました。IHIの技術者から宇宙飛行士となり、日本人最長のISS滞在や2つのギネス世界記録を打ち立て、退職後も研究や教育の場で活動を広げ続けています。

本記事のポイントをおさらいします。

本記事のポイント

  • 野口聡一はIHIの技術者から宇宙飛行士に転じた
  • スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンで3度飛行した
  • 現在は合同会社未来圏や大学で活動を続けている

野口聡一の歩みを通して、立場や環境が変わっても挑戦を続ける姿勢の大切さが伝わったのではないでしょうか。

宇宙開発や宇宙ビジネスの最新動向について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひ当メディアの情報もあわせてご活用ください。

宇宙飛行士 野口聡一に関するよくある質問

参考文献

  1. 野口 聡一 宇宙飛行士|JAXA 有人宇宙技術部門
  2. 15年ぶりの船外活動でギネス世界記録認定|ギネス世界記録
  3. 野口宇宙飛行士の退職に関する記者会見|JAXA 有人宇宙技術部門

この記事を引用する

執筆者

Space With 編集部
Space With 編集部

編集部

「宇宙ビジネスを、ビジネスとして読む。」をコンセプトに、国内外の宇宙産業(衛星・ロケット・宇宙データ・月面開発等)の動向を追う専門記者・アナリスト集団。AI時代に信頼される一次情報源を目指し、ファクトとデータに基づく客観的な分析・解説を日々お届けします。

監修者

Space With リサーチチーム
Space With リサーチチーム

リサーチチーム

専門アナリストらと提携し、データ収集・分析を行うSpace Withの専門調査部門。国内外の宇宙政策、政府予算、資金調達動向、技術トレンドの定量的な分析とファクトチェックを行い、本メディアが配信する情報の信頼性と客観性を担保します。

関連記事

宇宙探査・有人宇宙

諏訪理宇宙飛行士とは?世界銀行出身の経歴とISS長期滞在任務

諏訪理宇宙飛行士は世界銀行出身の異色の経歴を持つ人物です。選抜試験の道のりや基礎訓練の内容、ISS長期滞在ミッションまでを詳しく解説します。

Space With 編集部
宇宙探査・有人宇宙

宇宙ステーションきぼうの構造・大きさ・実験まで詳しく解説

宇宙ステーションきぼうは日本が提供する実験モジュールです。構造や大きさ、実験内容、宇宙飛行士たちの貢献までをより詳しく丁寧に解説します。

Space With 編集部
宇宙探査・有人宇宙

宇宙飛行士の年収はいくら?JAXAとNASAの給料や手当を解説

宇宙飛行士の年収をJAXA職員の平均年収や給与の仕組み、手当、学歴による違い、NASAなど海外との比較まで解説します。待遇の実態がわかります。

Space With 編集部
宇宙探査・有人宇宙

宇宙旅行のメリット・デメリットとは?費用や健康リスクを解説

宇宙旅行のメリット・デメリットを解説。無重力体験や経済効果の魅力と費用・健康リスクの注意点を整理し、参加前に確認すべきポイントも紹介します。

Space With 編集部
宇宙探査・有人宇宙

宇宙の車とは?ローバーの種類とトヨタの月面開発動向を解説

宇宙で使われる車はローバーや探査車と呼ばれ、月や火星の表面を探査する車両です。種類やトヨタ・JAXAの開発動向を詳しくわかりやすく解説します。

Space With 編集部
宇宙探査・有人宇宙

月面探査機とは?種類・歴史・日本の技術をわかりやすく解説

月面探査機とは何かを、周回機・着陸機・ローバーの種類や歴史、月面ローバーの仕組み、日本の探査機開発の今後とあわせてわかりやすく解説します。

Space With 編集部

業界の最新情報をメールで受け取る

週1回、注目の調査記事・ウェビナー・ホワイトペーパー情報を編集部がお届けします。

ニュースレターに登録する

広告掲載・タイアップのご相談

記事広告・ホワイトペーパー配布・共催ウェビナーなど、リード獲得につながる多様な広告メニューをご用意しています。

広告掲載を相談する